「しかし、本当に貴様も大概暇なヤツだな、恋次。私などに構っている暇など無かろうに」
「イんだよ。オレ休憩中なんだからよ」
「………思うのだがな、恋次。霊術院でのあのつまらん授業をサボったりするのはまぁ許せる範囲だとは思うのだが、……副隊長が任務を怠る・放棄する・拒否するのは如何なものか?」
「だ・か・ら!!休憩中っつってんだろが!怠っちゃいねーし放棄しても拒否ってもねーよっ(怒)」
「それにしては、明らかにここにこうしている時間が長いように思えるのだが」
「気のせいだ!気にすんな!!」
がしゃん、と少し強めに鉄格子を拳で叩いてやると、ふっと微かな声が聞こえ、先ほどよりは幾らかマシな和やかな雰囲気が伝わってきた。ルキアは少し笑みを漏らしたようだった。
良かった、と思った。ルキアをこのソウル・ソアエティに連れてきたときは、もう笑わないのではないかと思ったからだ。
今の会話は、少しだけ、昔に似ていた。あの流魂街にいた、苦しくも楽しい、ある意味で自由な頃の会話に。
「…で、貴様いい加減本題を言え。ここに来てもう1時間は経つぞ?休憩などとうに終わっている頃だろうに」
「ン?あぁ……………これ」
ルキアは振り返った。相も変わらず惚けたような瞳をしている。その目の焦点が、鉄格子の間から差し出したオレの右手の上の物体と一致した。とたん、少し驚いた顔つきをした。そりゃそうだ、オレが差し出しているのはこのソウル・ソサエティで一番の人気を誇るウサギの何とかとかいうキャラクターの形をした小さな人形なのだから。……むしろ、オレが恥ずかしい。
「貴様、……」
「あ!…のさ、だから、えーっと……そう、差し入れだ差し入れ!上から許可は取ったし、ここ何もないからよ!ルキアってホラ、」
焦ってしゃべるオレがおもしろかったのか、それとも純粋に差し入れに喜んだのか。オレは、久々に満開の笑みを浮かべるルキアを見た。
思わず見とれる。やっぱりオレはルキアが好きなんだ。
「私が、何だ?恋次」
少し首を傾げてこちらへ歩み寄りながら、ルキアはそう聞く。
小さいルキア。以前は同じくらいの身長だったのに、いつの間にかもうこんなにも差が。
「………ルキアは、意外と寂しがりやじゃん?」
「…そうか?」
「あぁ。オレが言うんだから間違いないぜ」
「……………そうか」
ルキアは愛おしそうにその人形を胸に抱き込んだ。ギュッと力を込めてその小さな人形を抱きしめるルキアは、やはり以前の彼女よりもずっと儚く脆いように見える。
誰がルキアをこんなふうにした?
誰がルキアを囚人にした?
誰がルキアをオレの知ってるルキアじゃなくした?
誰があのルキアを奪ってしまった?
誰が、ルキアをこんなにも………………
いよいよ本格的に時間が押してきた。こうしている間にも溜まっていく雑務は、それでも少しばかり残業でもして睡眠時間を減らせばどうにかなるとも思っていたが、これ以上のサボりは明日の業務にも差し支えがある。それに今日は非番だから雑務だけで良かったものの、きっと明日はまた人間界へ行くことになる。とすると、やっぱり今日の分の雑務を溜めてしまうのはイタイ。……ああもう、親友が ―――想い人が一大事だっつーのにオレは!
腹立たしくて舌打ちをすると、ハッとしたように顔を上げたルキアと目があった。さっきよりもずっと力のある瞳だ。少し安心する。
ルキアは優しく微笑み、口を開いた。
「恋次、ありがとう。もう行ってよいぞ。そろそろ本当に仕事に戻らなければ」
「……そうか?」
「ああ。これ、大切にするからな………処刑される、その日、その瞬間まで」
処刑。ルキアはどんな思いでそれを思うのだろう。
オレは、本当に何もしてやれないのか。
「ルキア、」
「ほら、行け。また、後で」
「……後?」
「食事は、お前がまた持ってきてくれるのだろう?」
それは、また会いに来ていいってことか?ルキア。
なあ、そう言ってくれるのなら、オレは雑務ためようが何しようが、ここにずっと入り浸るぜ?
「ああ」
「じゃあいい。また後で、な」
「ああ」
本当は分かってる。
ルキアは、あの黒崎の野郎のために自分から霊力を譲渡したんだ。
分かってる。
ルキアをこんなにしたのはオレたち死神。ソウル・ソサエティのおかしな規律だ。
本当にルキアを助けたいのなら、オレは在任になる覚悟で、上へ楯突けばいい。そう、あの黒崎のように、バカみたいに一直線に、ルキアだけを見て。
でも、そうするには、オレは他の連中の力量を知りすぎてる。そして、オレ自身の力量も。
オレがルキアを救い出すというのは、あまりにもリスクが多すぎる。人間の黒崎なんかには分からない、オレにはオレの、重大な問題がある。
それに、オレがソウル・ソサエティの規律を犯し裏切ってまでルキアを助けたところで、本当にルキアは喜ぶか?ルキアは何故こんなにもふさぎ込んでいる?極刑のせいもあるだろうが、やっぱりそれは黒崎のことを案じているのだろう。
オレは、どうしたいんだ?
ルキアを助けてくれる唯一の希望である黒崎を、迎え撃つというのか。負ける気はしない。
オレは、ルキアを助けたいんだ。そのためには、どうすればいい?
ルキアルキアルキア、ごめんなルキア。ホント悪ィ。でも、オレ、やっぱり……
大きな斬魄刀を背負う黒崎一護と対峙する。
オイお前、オレすら倒せねぇようじゃあ、ルキアを助けるとか言うのは100万年早ぇんだぜ?
ルキアを助けたいのなら、オレを倒して見せろよ。オレはぜってぇに倒れてやらねぇぞ。
それでもオレを倒せたら、そのときは――――――――――――
――――――――――――てめぇに、すべてを託すから。
end.