事故から1週間が経った。
跡部は、帰るときに、いつもとても優しい顔でオレの頭を撫でてくれる。
跡部は、オレのことを、とても大切に思ってくれているみたいだ。
跡部のことを、思い出したい。
そう、強く思う。
「なあ跡部」
「何だ?」
今日は学校の試験前だからと、跡部一人だけが来てくれた。
跡部は「オレは頭いいから、別に試験前に焦ってやる必要もねぇ」と自信満々に言っていた。
向日が言っていたけど、跡部は300人もいる学年の中で、毎回トップらしい。ちなみに、オレの成績は、上の中くらいだとか。
「こないだの話の続き、してくれよ」
「……何だった?」
「だから、オレが負けて、レギュラー落ちちゃったときのこと。鳳とか言うヤツと特訓して、どーなったんだ?」
ああ、と跡部は薄く笑った。
跡部はカッコイイと思う。
男のオレでさえ(記憶喪失の前まではホモだったらしいが、今はノーマルだと思っている)、跡部のふとした何気ない表情にどきりとする。
へたしたら、そこらへんのアイドル歌手の類よりもずっと。
ジローによると、跡部が優しく笑うのは、オレの前でだけらしい。
それってどういうことだろう?
跡部は足を組み直して、話し始めた。
「オレは一度、そのお前と鳳の『秘密の特訓』を見に行ったんだ。酷いモンだったぜ。鳳の唯一の特技のスカッドサーブを、お前が素手でとろうとするんだ」
「スカッドサーブって?」
「球速がすげー速いんだよ。確か、時速200kmだったか」
「…………怖ぇー………」
「オレだってそんなこと絶対しねーよ。それでお前はボロボロさ。けど、2週間くらいずっとその特訓して、お前、レギュラーだった滝っつーヤツに勝っちまったんだ」
「…!おお!!オレすっげーな!」
「ああ。でも、いくら勝ったって、氷帝では基本的に敗者は使わねー。まぁ、お前が負けた橘は全国区で、オレにはまぁ負けるだろうけど、とりあえずお前なんかが太刀打ちできる相手ではなかったんだ。負けて当然ってヤツ。でも、お前は負けたんだ、変わりねぇ。だから、監督はお前じゃなくて、滝でもなくて、次に日吉っつー準レギュラーのヤツをレギュラーに入れるように言ったんだ」
負けて当然。自分でもそう思う。
聞く限りは、跡部はすげープレーヤーだ。その跡部と張るとかいうんだから、その橘は恐ろしく強い相手だったんだろう。そんなのに、オレなんかが敵うわけないじゃんか。まあオレは自分がどんだけテニスできるかなんて、覚えちゃいないんだけど。
でも。
『負けて当然』
跡部のその一言に、何だか、すごく苛立った。
負けたくねぇ。
「……で?どーなったんだよ」
「お前、鳳といっしょに監督を追いかけてってな。土下座したんだ、『オレを使ってください』って」
「……ッ!土下座!?」
「そうだ。鳳もいっしょに頼んだんだが、監督は頷かなかった。それどころか、『それなら鳳が落ちるか』とか言いだしやがったんだよ。そしたら、お前…」
ずきり。
痛む頭
不意に流れる映像
聞こえる幻聴
オレは、髪を切ってる?
後ろから来たのは、
………跡部?
「何故か、はさみ持ってて……」
「……宍戸?」
ふと。思い出した映像を、口に出してみる。
驚いたような顔の跡部がポカンと口を開けて、オレを見る。
違ってたかな?
「……思い出したのか!?」
「長かった髪を、自慢だった髪の毛を、切り始めたんだよな。そんで……そっか。お前が」
「……宍戸ッ…」
「跡部が、いっしょにオレのこと戻してくれって、頼んでくれたんだよな?」
ちょっとだけ、思い出した。
跡部が、泣きそうな顔をしてオレを見ている。
next.