医者から言い渡された、『記憶喪失』という病名。
驚くべき事に、言葉とか一般常識という生活に必要な『記憶』は辛うじて残っていたみたいだ。
無くなったのは、『対人関係』と『自分のこと』の記憶。
つまり、オレは誰で、オレの親は誰で、オレはどの学校に通っていて、どんな友達がいたのか、何ていうのは、さっぱり忘れていた。
「宍戸ー元気かぁー?」
「…よぉ」
もう顔は覚えた。
今日来てくれたのは、忍足と跡部。忍足は腕にコンビニの袋をぶら下げている。
跡部は毎日来てくれる。跡部と、あとの3人の内の誰か。その2人が、毎日見舞いに来てくれた。
跡部たちは、毎日いろんな話を聞かせてくれる。主に、オレや、部活のこと。
宍戸亮は、氷帝学園という私立の中学に通う3年生らしい。
今はもう引退したが、テニス部に在籍していて、そのテニス部は200人いるらしいんだけど、その中で7人しか選ばれないという正レギュラーだった。
しかも、その7人の中でも特にテニスバカなんだそうだ。
「んでなぁ、関東大会の地区予選で橘っちゅーヤツに負けてもたんや、お前。氷帝ってな、一度負けたヤツは即レギュラー落ちで、レギュラーに戻れることは絶対ないんよ、監督の方針で。敗者は使わへんねん」
「……え、じゃあオレ、レギュラー落ちしちゃったわけ?」
「ああ。そんときのお前、すっげぇ落ち込みようで。オレが正式に『お前は今日から準レギュラーだ』っつったときなんか、泣きそうな顔してたんだぜ」
「そーそー。でもな、お前すごかってん。普通やとそこで諦めるンや、『あーもうオレの部活人生終わりや』ってな。けどな、お前レギュラーに返り咲くために特訓とか始めてん。夜に、ストリートテニスコートで鳳といっしょに」
鳳。
誰?
「おおとり……?」
「あー………覚えて、へんか?やっぱ」
「ああ。誰?」
忍足はちょっと困ったような顔で、跡部と少し目を合わせた。
そして、オレに向き直る。
「鳳長太郎ってゆってな、2年なんやけど。宍戸の元ペアや」
「え?だってオレ、シングルスプレーヤーじゃなかったっけ?」
「レギュラーに戻った後だ。鳳のおかげでお前はレギュラーに戻れたようなもんだったんだぜ」
「へー……そっかぁ。じゃあオレの恩人じゃんか!なあ跡部、今度連れてきてくれよ。顔見てぇ」
「ああ。…それとな、宍戸」
「ん?」
忍足がちょっと息を付いてから言った。
「鳳は、お前の恋人やったんやで」
恋人?
え。鳳って男じゃねーの?
「……え?…てか、そいつ男じゃねーの?」
「ああ。けど、マジだぜ。お前らは付き合ってたんだ」
「………オレってホモだったのかよ!?うっわーマジショック」
「あーうん。まあショックやろな。けど、もっとショックなことに、」
「げ、まだなんかあんの?」
「お前、その鳳とのデート中に事故ったんや」
…………え?
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