ある、冬の日。
雪がちらつきそうな不安な雲模様の中でも、氷帝学園中男子テニス部は威勢のいい声を上げながら活動に勤しんでいた。
子供は風の子、寒いからという理由で部活が休みになることはなかった。
雨や雪が降り風が横殴りに吹くという最悪な天気ならばしょうがないが、今日は生憎雲行きが怪しいだけで風はない。
気温もかなり低いのだが、それはウォームアップに行われる体操とランニングの量を1.5倍に増やさせる要因になっただけだった。
3年が引退して、新部長には予想通り跡部が選出されたのだが、その彼は樺地を従えながら準レギュラーコートに向かって指令を飛ばしていた。まったく、もう何年も前からそうしていたかのような馴染みぐあい。部長という座が似合いすぎるほどだ。
レギュラーコートでは、覚醒ジローと忍足、向日と大野がラリーをしている。
跡部が見回りを終えてレギュラーコートへ帰ってくると、ふとベンチに縮こまっている宍戸を見つけた。
「おいてめぇ。オレ様の前で堂々とサボッてんじゃねーよ」
跡部は樺地をラリーに回して、宍戸の隣へどさっと座った。
吐いた息は白くなって消えていく。相当寒い。
気温は何度くらいだろうか。
「あとべー」
宍戸は少し目線を上げて跡部の方を見ながら、両手を差し出した。
「手が大変なことになってんの」
「あぁん?」
「生きてる人間の手じゃねーっつーか、青紫っぽく変色してるっつーか……」
跡部が疑惑ありげな目で宍戸の男にしては小さめの手を見ると、確かにヤバそうな色をしていた。
そういえば、宍戸は極度の寒がりだというのを聞いたことがあるような気がするが。
手の平全体が真っ白で、明らかに血が巡っていないのが伺える。
両手の人差し指、中指の先が、宍戸の言ったとおり、青紫っぽい色になって、その悲惨さを物語っている。
加えて、その手はかたかたと微妙に震える。
「………あとべ?」
何か言えよ、というその口調も寒さ故か、少したどたどしい。
そういえば、今日はこの冬一番の寒さになるだろうと言っていたような。
試しに、跡部は宍戸の手を触ってみた。
とたん、氷を触れたような冷たさが跡部の身体全体に行き渡る。
「……ヤバイしょ?」
「やべーどこじゃねぇ。お前手に血ィ通ってねぇぞ」
「冷え性だしな。もーラケットも持てねーの、ホラ」
隣に置いていたラケットを右手で持ち上げるが、それはボールを打てばすぐに弾き飛ばされてしまうような持ち方。
確かに、これじゃどうしようもないだろう。
「……毎年こうかよ?」
「何枚着込んでも無理。震えとまんねーし」
「カイロは」
「背中とおなかに張ってっけど、もー全然無理。つか、意味なし?」
背と腹にって、そりゃお前どうなんだ。
密かに跡部は思うが、宍戸にとっては死活問題だ。
激ダサ上等、といったところか。
跡部はふぅ、とため息を付いた。
「しゃーねぇな。オイ、手ェ貸せ」
「へ?…ん」
宍戸が両手をズイッと跡部の方に突き出すと、跡部はその両手を自分の手で包み込んだ。
「な!…っにすんだって、いいし別に!」
「黙ってろ」
「目立つじゃん、もー!」
「てめぇがそーやって騒いでる方がよっぽど目立つと思うけどな」
「ッ…ったく…勝手にしろっつーの!!」
「始めっから大人しくしとけばいいじゃねぇかよ…」
跡部の手は思ったよりもずっと温かかった。
いや、実際には跡部の手もそんなに言うほど温かくもなかったのだが、如何せん宍戸の手が冷たすぎたので、そう思えるだけだ。
今ならきっと、宍戸は冷蔵庫に手を突っ込んでも温かいと言えるだろう。
けれど、何というか、心も温まるような、そんなぬくもりだった。
「あとべー」
「ぁん?」
「…あーったけー……」
「は、感謝しやがれ」
逆に宍戸の方から跡部の手を握ると、満足したように跡部はフッと微笑んだ。
悔しいので、「手があったかいヤツは心が冷たいんだってよ」と言ってみると。
「じゃあ、そりゃ迷信だな。オレの手があったけーんだからよ」
だそうだ。
まったく、つくづく世界はオレ様中心に回っている的思考。
「ま、いーか」
「あぁん?」
「何でもね。さみーなー」
ラリーが終わった正レギュラーたちは、ほのぼのと愛をまき散らす2人を遠巻きに見ていた。
はた迷惑なバカップルである。
「おーい、いちよーココ、公の場やでー?」
控えめに呟かれた関西からやってきた少年の忠告は、2人の耳に届くことなく冷たい空気の中に拡散していった。
end.