「あーとべっ」
宍戸がいつもよりも甘ったるい声を出して跡部を呼ぶときは、大抵物をねだるときだ。
跡部の後ろから大きめのセーターの上からでも分かるほどに細身の腕をするりと首に回し、肩に顎を乗せる。
またか、と跡部がためため息を吐いて「何だ」と言うのを聞くと、宍戸はにやりと笑った。
「今日いくら持ってる?」
「ぁんだよ。何か買うのか?」
「金なくってさぁー?割り勘しよーぜー」
「5万以内な」
「うわー全然金持ちじゃん!よかった、激ヨユー!」
まとわりつく腕をほどかせて、跡部は宍戸と向き合った。
それは子供におもちゃをねだられた父親のような複雑な表情。
一方宍戸はよっしゃー!などとガッツポーズをして喜んでいる。
「何買うンだよ」
「え、ペンダントっつーかロザリオっぽい?激かっけーけど8万!!」
「シルバーアクセサリーか?」
「そー。A&Gなんだよ!オレこないだウォレットチェーンかっちまったから3万5千しかなくてさぁー全く足りねぇんだ」
「割り勘つったぞ、てめぇ」
「え、あとで返すってv」
「死ねボケが」
「跡部は優しいなぁーv」
跡部が呆れたように口をまた開いたところで、教室のドアがガラリと開いたのと同時にチャイムが鳴った。
ニコニコしながら宍戸は自分の席に戻る。
跡部は眉間に皺を寄せながら、少し嬉しそうにしていた。
*
放課後。
今日は水曜日なので、部活はオフである。
早速宍戸は跡部を連れて、制服のまま街に繰り出した。
目指すは裏路地にあるA&Gのショップ。宍戸の行きつけの店だった。
「これこれこれ!跡部見て、これ!このロザリオだぜっ!!」
「……へぇ。お前にしちゃいいセンスしてんじゃんかよ」
「だろ!?もーオレ一目惚れでさぁ♪」
「おぅ。確かにいいな」
「だよなだよな!跡部なら分かってくれると思ったー!!」
宍戸が指さしたショーケースの中に光るロザリオ。
それは、ブラックのボールチェーンの先に付いた、中心の赤いクリスタルが印象的のクロスのトップと、そこから長いチェーンで下にシンプルなクロスが付いている物だった。
跡部の脳裏に、これを付けた宍戸がフッと想像される。
グレーのキャスケットを斜めに被り、黒に白字のロゴのプリントシャツの上に白いライダースを羽織って、ゆるめのジーンズを白いブーツの中に入れ。
モノクロを基調としたファッションは、最近の宍戸のお気に入りだ。
プリントシャツの黒の上、白いライダースから除くシルバーに輝くそれは、モノクロの中で唯一、自己主張強めに輝く赤いクリスタルは、きっと彼によく似合う。
跡部は、まだ触れてすらいないそれを付けている宍戸を容易に想像できる自分に苦笑した。
「割り勘するからにはやっぱいっしょに使わねぇとな。跡部もこれ付けるだろ?」
「ああ。オレのスタイルに合いそうだ」
「うん、だと思った。じゃー金・土・日がオレでー、月・火・水・木がお前。どう?」
「……却下」
「何で!跡部のが日数多くしてやったろ!」
「何でてめぇ土日とるんだよ。実質オレが付けられるのなんて部活オフの水曜だけじゃねーか」
「………バレた?」
「たりめーだバーカ」
ちぇー、と拗ねたように唇を付きだしてそっぽを向いた宍戸を見て、ガキっぽいなぁと跡部は思った。
いつもは生意気な15歳なのに、時々宍戸は年齢不相応の行動をするのだ。
だから、跡部はつい甘やかしてやりたくなる。
例えば、こんなふうに。
「オイ、宍戸」
「ぅん?」
「オレが買ってやろうか」
「…は?何、これを?」
「ああ。今は持ち合わせはねぇが、取り置きでもしてもらえば安心だろーが。カードも持ってるしな」
「………えー………」
「何だよ。オレにしちゃ8万なんて痛くもねーし。時々てめぇの借りるけどな」
跡部の予想では、ここで宍戸は瞳をキラキラさせて、「マジで!?」とか言って飛びついてくるはずだった。
幼なじみの2人であったので、跡部が本当に金持ちなことも、本当に痛くもかゆくもないことを、宍戸は知っていた。
まぁ義理堅い宍戸は金を返そうとはするだろうが、それでもここでは乗ってくると思ったのに。
「なんか不満でもあんのかよ?」
「えー。てか、それじゃ駄目なんだよ!」
「あぁん?」
「だから!買ってもらうとか、オレだけが買っちゃうとかじゃなくて……割り勘じゃねーと駄目なの!」
「??全然意味わかんねぇ。手にはいりゃいいじゃんよ、なんだって」
「〜〜〜っ違くて!あーもーー」
「ぁんだよ」
「オレは!……跡部と、2人で1個のモンを買いたかったの!そんで、2人で使いたかったの!!分かれっつの」
…………。
跡部は思わず閉口してしまった。
少し頬を染めて眉間に皺を寄せてロザリオをずっと見つめる宍戸。
彼がこんなに積極的だったことは、今まで何回あったっけ?
とりあえず、頬が緩む。自然に口端がつり上がる。
かわいーやつめ。
「あー。分かった。つまりお前は、オレ様とこのロザリオをいっしょに使いたかったと」
「……激ダサ!」
「だからわざわざ割り勘だの何だのって面倒なことを言い出したと」
「うるさいなぁもう!跡部がイヤなら別にイイし!ただ跡部にも似合うだろーなーとか思っただけだっての!アホ!!」
「別にイヤだなんて言ってねぇだろーが。何勝手にキレてんだ」
「へ!いつキレようが何しよーがオレの勝手だっつーのー」
「はいはい。買わねぇのかよ?」
俯き加減で上目遣いに睨みあげていた宍戸の頭をぐしゃぐしゃと掻き回すと、宍戸は小さな声で買う、と言った。
店員を呼びに言ってこれクダサイというと、少し驚いたような顔をされた。
当たり前だ。
たとえ氷帝学園生とは言え中学生(制服で分かるだろう)が、8万で買い物だ。驚かない方が無理である。
平然とした顔で跡部がカウンターの前に経つと、渋々と店員はショーケースの中のロザリオを出した。
しゃらん、とゆれるクロスと光の当たる角度が変わるたびにキラキラ輝く赤が目を引いた。
「やっぱきれーだ。ちょーかっけぇ!てか、オレもう感動で涙出そうなんだけど!超かっけー激かっけーっ」
「はいはい。日、月、火がお前で、水、木、金、土オレだ。いいな?ただし、オレが使わねぇときは貸してやるよ」
「土日休みじゃん?どーやって渡すんだよ」
「お前がとりにくりゃいいだろ。つーか、大抵日曜はいっしょに街出るじゃねぇかよ」
「そか!じゃーそれでいいや」
すっかり陽も落ちかけて、東京の空には夕焼けが広がる。
その時オレンジ色の太陽に掲げられたロザリオは、その日から宍戸と跡部、両者の胸元で輝くことになった。
後日。
日曜にいつも通りに街に出ようと、跡部宅へ宍戸が訪問した。
その格好は、あの時に跡部が想像したとおりの格好だったとか。
その胸元で、ロザリオは輝く。
end.