夏 の 屋 上 の 灼 熱 地 獄 :


博が、メイク1人につき100円とってるのは、もはや教師にさえ知れ渡っている事実である。
それだけの腕があるのだ、博は。家が美容師をやっているので、既にヘアカットの技術はプロさえしのぐほどだし、その上天性の才能なのかどうだかは知らないが、メイクセンスが抜群だ。
ついでに、当然の如くヘアスタイリングも得意としているようで、博は女性から圧倒的にファミリーの中で指示が高い。
そして今日も、また屋上に女が来る。

「博、それ何人目?」
「1000円」

やる気なさ気に女の前にあぐらをかいて座り、けれど確かな手さばきで淡々と女の顔にファンデーションを塗りたくる。女の方は、どこか嬉しそうにして眼をつむっている。
何人目だ、と聞いたのに返ってきたのは金額で、女に本当に興味がなさそうだ。まあ、つまり10人目って事。今は確か3時間目のハズ。そして、こいつが登校してきたのは確か2時間目のはじめだったハズだ。
ははは。景気のいいことで。

「髪、どうすんの?」
「博君が思ったとおりにしてぇ?あたしにいちばーん似合うやつぅ」

語尾をのばして話すのは現代の女子中学・高校生に多い傾向だが、どうしてそれを好んで話すのかがよく分からない。むしろ、竜平は嫌いだ。女は好きだが、女の話し方が嫌いだ。
ねっとりとして、まとわりつくようなその話し方は、どこか粘着質なべたべたした、女の本性を物語る。本性は隠してこそなんぼだ。それを大っぴらに、「ワタクシこんな女です」などと宣言するなどバカらしい。
竜平は女にはちょっと厳しい方で、いつも選んで目を付けるのは上玉の、気品にあふれた女性の中の女性だ。
むろん、こんな語尾をのばした女などもってのほか。頭良さそうでガリ勉な社会性の皆無な優等生君も却下だ。頭は良くなくてもいいから、できるだけ笑顔が綺麗で、人のことを気遣ってやれる女。
当然、そんなに女にうるさい竜平が社会性がないわけがない。それに、人のことには気を遣う方だし(まあ、人と判断しなかったら容赦はしないが)、女の扱い方や社交的なことに関しては、竜平が一番優れていると言っても過言じゃない。
とりあえず、竜平は外見では判断しなかった。
ただ、外見が内面を物語っているような(そう、例えば今目の前にいるいかにもアホそうなこの女)ヤツはお断りだ。
今は、そう言う女が増えてきて、俺ちょっと悲しいんだけど。

「終わったよ、これでいい?」

そう言って鏡を見せる。ま、いつもの話だが、女はにっこぉと気持ち悪い笑みを張り付けて博に一度抱きつく。

「いやーん、ありがとぉ!博君、ホント上手いわぁ」
「うん。金は?」

心底嫌そうな顔をしながら、右手を出す。女はちょっと外したような顔をしてポケットをあさった。

「はい。またよろしくねぇ!」
「毎度あり」

やはり無表情だ。百円玉を、ぺっと屋上のコンクリートの上に放り出す。ちゃりんと音がして、転がった先にはそれまでに稼いだ9枚のコインが山積みにされていた。

「昼飯、何にしよっか」

今日初めての笑顔を、博は竜平に向けた。俺奢るよ、と10枚の百円玉を鷲掴む。
読めないヤツだ、と思う。つくづく。何を考えているのだか分からない。ボスもそうだけど、そう、こいつはもっとこう、違う感じに。

「売店行くか」

スギコさんが待ってるぜ、そう言うと、博はまた笑う。
スギコさんとは、自称25歳他称39歳の、ふくよかな売店のおばちゃんだ。いつも買っているファミリーの5人にはひいきしてくれて、いつもみんなの好きな物を2個から3個ずつ残して置いてくれる。
保健の先生と同じで、学校で珍しくファミリーのみんなが好いている人物だ。

「スギコさん、今日俺のカラメルストロベリーパン残してくれてるかなー」
「お前、ぜってぇ味覚おかしいって」
「えー、うまいぜあれ?」
「甘過ぎ。お前激甘党だもんな。だっせー」
「いーじゃねぇか甘党で!甘党バンザイ!」
「みっちーとボスは?」
「何か珍しく授業受けてる。あいつらの分も買ってやっかー」
「ヅキにも買ってやれよ、あいつ怒るとこえぇもん」

博はぴょこっと立ち上がって、小走りにオレの隣へよってきた。うーむ、さっきとは全く違う楽しげな表情。
そしてオレたちは購買へとあるく。いつものことだった。


end.

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